倒産とは何をさすのか、不渡り手形を出した時か、民事再生法や会社更生法の適用申請をした時か、公的資金が投入された時か、あるいは債務超過になった時か。倒産は、いつ頃に発生する可能性があるのか、1月後か、1年後か3年後かなどである。倒産確率を推定するには倒産の概念を決めなければならないので、信用調査会社等では独自に倒産の定義を定めてそれに該当する企業を倒産企業として分類している。銀行などでは自己査定上の破綻懸念先以下を倒産と分類する時期もあったようだが、近年ではバーゼル銀行監督委員会の合意文書に準拠しつつ独自の定義をしているようだ。合意文書の考え方では、倒産とは法的倒産はもちろん要管理先の債務者まで含まれる。金融庁のマニュアルでは要管理先とは要注意先債務者のうち「3 カ月以上延滞債権にかかる債務者又は貸出条件緩和債権にかかる債務者とされており、大ざっぱに言えば返済期日から90日超過して未返済であればリスク管理上は倒産状態と見なされる。他の定義としては日銀の金融システムレポート「高粒度データを活用したデフォルト率予測モデルとストレステストへの応用 2019年3月 の中では企業の「デフォルト」を、①要管理以下へのランクダウン、②3 か月以上延滞、③信⽤保証協会による代位弁済、のいずれかに、「初めて」該当することと定義している。モデル構築において大変に参考になるだろう。
バーゼル合意文書は大変に複雑で、しかも確率論のコピュラ(copula)に基づくリスクモデルをベースとしているので難解で、とても手に負えるものではないが、倒産確率に関する部分について、あえて大胆に要約すれば以下のようになると思う。
銀行がある取引先に100万円融資したとする。その銀行は期日に約定通り返済されるか評価して、損失が予想されれば決算時には貸倒引当金を設定しなければならない。ここで予想損失をEL、倒産(デフォルト)確率をPD、倒産時点での貸付金時価をEAD(Exposure at default)、倒産した場合の損失率LGD(Loss given default)とすると、予想損失ELは以下の式で示せる。
EL=PD x LGD x EAD =PD x (1-RR) x EAD
RR=(1-LGD) つまりRRは回収率を表している。(これらの具体的な計算例はマートンモデルによる倒産確率で取り扱っている。)
融資先のPD倒産確率が30%でLGD予想損失率が60%と仮定すれば、期待損失 EL=0.3×0.6×100万円=18万円 となる。IFRS第9号という国際会計基準では、このような期待損失を計算を貸付金について行い、損失引当をすることになっている。リスク資産としての貸付金や有価証券やデリバティブなどの金融資産等は所定のリスク評価をしてそれぞれ集計される。その集計された各リスク資産について、BISの自己資本比率規制に従った一定のリスクウエートを乗じてウエート付けされたリスク資産残高(RWA)を計算し、
自己資本比率=自己資本/RWA が8%以上
であることが求められる。金融機関はこの自己資本比率規制に関する情報を決算書の付属資料として開示しているが、そのためには倒産確率PDを始めとして様々なパラメーターを推定したり、もちろんリスク管理もするため、内部評価モデルを構築している。
倒産確率の推定法としては、一定の定義に従った倒産が1年以内に発生するであろう確率を計算するが、その方法としてはスコアリングシステムを使い、例えば優、良、可、否の4グループに分類し、各グループごとの1年内の倒産件数を各グループの会社数で除してその割合で倒産確率を求めるようなことになる。実際には充分なヒストリカルデータや一定期間の累積値で倒産割合を計算するなど統計上の工夫が必要になるようだ。融資先の審査のためスコアリングシステムが普及しているが、スコアリングシステムはあくまで順序数的に評価するので倒産確率に直結するわけではない。4分類で4番目に分類された会社が1番目に分類された会社より4倍も倒産確率が高いという解釈は無理があるので、キャリブレーション(注1)(calibration)等で数理的に倒産確率を計算する変換モデルが利用されている。分類法の応用として倒産会社と非倒産会社を特性指標(ミクロの財務指標からマクロの経済指標まで)の関連性を見つけ出して、倒産会社を判別する統計モデルで確率を推定することも行われている。その他には外部の格付け会社から格付け推移のデータを購入して、確率過程としての格付け推移から倒産確率を求めたり、評価対象会社の株式時価が分かっていれば一定のオプション価格モデルを使って倒産確率をKMVのように推定する方法も利用されている。オプションモデルを使う場合には、資産価値が負債価値を下回った時を倒産と見なすことになる。
(注1)キャリブレーション(calibration)はどのように翻訳するのか不案内であるが、理論的に数理モデルを作成して、そのモデルで実際値をうまく説明(近似)させようとする。その場合にモデルのパラメーターを理論計算値と実際値の差が最小になるように推定あるいは調整することをキャリブレーションと呼んでいる。数理計画法や最尤法等で適当なデータがあればパラメータの推定は可能である。ただし、理論モデルそのものが現実に適合していなかったりすると誤った結論を出しかねないといったモデルリスクは避けられない。
金融機関、格付会社、信用調査会社などの専門機関であれば数理工学等の専門人材をそろえて複雑なモデル構築して倒産確率を評価できるが、一般企業ではそのような余裕はないと思われる。金融機関では多数の債権を相関関係のあるリスク資産ポートフォリオとして管理しているので、一般企業とはリスク管理の仕方がだいぶ異なると思われる。ただし、IFRS第9号という国際会計基準は一般の事業会社にも適用されることになっており国際会計基準で決算書を作成している場合には期待損失を計算するためのパラメータを推定できるようにしておく必要が出てくる。事務負担が大変になると思われるが一般企業でも、株主や銀行等の債権者に貸倒引当金の妥当性を説明したり、自らの貸倒リスクを低減させるために、簡易な予測モデルで経済状況全般および予想信用損失(Expected Credit Loss,ECL)を評価できる体制を整備しておくことは望まれる。これに加えて伝統的な手法で、取引先との定期的な接触を保って日頃から情報を得ておくことや、支払いが滞りがちの取引先には適時に督促したり場合によっては債権回収会社に依頼するなど、取引先ごとの個別的な債権管理が重要になってくるだろう。一般的には債権管理部門と営業部門とで意見が分かれることも多いだろうが貸倒リスクを低めるためにはやむを得ない事務作業だろう。
外部から評価される一般企業の立場からすれば、できるだけ倒産確率を低く評価されることを願うだろう。そのヒントは格付会社がどのような指標に注目して高い格付を付与するのか研究する必要がある。米国で20世紀初めに格付会社が登場してから世界各国でも格付機関が登場しビジネスの世界で広く活用されるようになっている。アカデミックな世界でも格付手法について様々な研究報告が行われており、一般論として以下のような条件を満たす企業は高い格付を付与される傾向があるようだ。
大企業であること、負債比率が低いこと、ROAが高いこと、利益の変動性が低いこと、インタレスト・カバレッジ・レシオが高いこと、資金調達に際して通例でないような財務制限条項が課されていないこと、などである。これらは財務評価モデルの説明変数として利用される可能性が高い。財務比率の計算方法は分析者により様々であるが、例えば、負債比率は負債/自己資本で計算でき、100%以下が望ましいとされる。ROAは事業利益/総資産で計算でき当然に高いほど望ましく、利益も安定して計上されて、その振幅、ボラティリティが小さいことも望まれる。損益分岐点が低いことも利益が安定していることを意味しており重要なポイントになるだろう。インタレスト・カバレッジ・レシオは事業利益/支払利子 で計算でき壱を上回ることが望ましい。事業利益は通常は営業利益と受取利息・配当金の合計が使われる。また特に不利となるような財務制限条項が課されていなければ金融機関の信用度も高いと判断される。この様な条件を満たす企業は高い評価を得るので、逆に言えば、この様な条件を多く満たすような経営をすれば倒産確率は低く評価される可能性が高くなるだろう。
この他に、 世界経済が急激に悪化したような場合には、会計基準とかルールそのものは正当で合理的であっても、結果的にプロシクリカル(procyclical)な効果を誘発するので注意が必要だろう。不景気で90日以上のoverdueが増加すれば他社の倒産確率が高まり、結果として自社の貸倒引当金積み増しや有価証券や固定資産の減損処理を誘発して業績低下で自社の格付け低下を誘発しかねない。自社は財務内容に問題は無いと思っていても、このようなネガティブなスパイラルに巻きこまれることの無いように注意すべきだろう。
なお、内部評価モデルやバーゼル文書などについては日銀や金融庁の審議会、研究会の報告書、ディスカッションペーパーなどで詳しく論じられている。コピュラ(copula)については証券アナリスト・ジャーナル2014年3月号の特集論文が参考となる。日銀研究所からも多数の専門的な論文が公表されている。