倒産確率の代表的な推定法(倒産予測モデル)

(1)判別分析

判別分析(discriminant analysis)は、多変量解析の一手法で、サンプルをそれらが有する変量に基づいてどのグループに属するかを判別する方法である。これは古くから利用されている統計的手法で医学の分野では自動診断システムに応用されている。また、何十年も前から銀行ローン申請の選別にも応用されてきた。倒産に関しては負債比率といった財務指標を説明変数として判別関数を推定し、倒産か非倒産かを判別する。アルトマン(Altman)のZスコアモデルはこの代表例である。精度の高い推定値を得るために充分なサンプルを選べるかが実用上の問題となる。当初は製造業の上場会社の倒産予測モデルとして発表されたが、後に非上場会社や非製造業会社に適用可能な下記のような改訂モデルを発表した。

アルトマンZスコア

運転資本はネットの営業活動資金(売上債権等-仕入債務等)、EBITは支払利息と法人税等の支払い前の利益を意味するが、上式を見ると短期的な運転資本の総資産に対する割合や日本の財務分析で使われる負債比率(負債/純資産)の逆数など財務安全性に関する指標が変数として使われていることが分かる。Z値が1.23未満であれば倒産可能性高い、Z値が2.9超であれば倒産の可能性無し、Z値が1.23から2.9の間にあればグレーゾーン企業と判断される。日本の企業に上記モデルを直接適用するのは無理が多いと思われるがアルトマンのアイディアを参考に信用調査会社などはより精緻な日本企業向けのモデルを開発していると考えられる。アルトマン(Altman)モデルの詳細はアルトマン博士のサイトから彼の論文が読める。

(2)一般化線形モデル

判別分析では倒産するかしないかを判別するモデルであったが、一般化線形モデルでは倒産確率を推定しようとする。技術的には次の3つの方法がよく知られている。

a.線形確率モデル

 これは、従属変数 を、観測された過去のデータに基づいて、倒産企業=1、非倒産企業=0、とした線形回帰モデルである。回帰分析を応用したものであるが、従属変数が1または0の2値をとるが、推定結果によっては従属変数がマイナスとなったり1を越えてしまうこともあるので利用に際しては注意を要する。計量経済学者のグリーン(Greene)によれば線形確率モデルも救いがたいほど悪いものではないということである。

b.ロジット・モデル(Logit)

線形確率モデルから得られる推定倒産確率を非線形に変換して0 1 の間に収まるように定式化したもので推定される誤差項がロジスティック分布に従うと仮定している。

 

c.プロビットモデル(Probit)

これも線形確率モデルから得られる推定倒産確率を非線形に変換して0 1 の間に収まるように定式化したもので、推定される誤差項が正規分布に従うと仮定したもである。ノーミット・モデル(normit model)とも呼ばれる。

ロジットモデルやプロビットモデルは0から1までの確率として結果が出るので一般に直感的に理解しやすく利用しやすい利点がある。ロジット・プロビットモデルの詳細は計量経済学のテキストを参照する必要があるが、データがそろえば計算は安価で優れた計量経済分析ソフトが処理してくれるのでモデルの考え方さえ理解していれば誰でも利用できる手法である。

このほかにも生存分析モデルやマクロ・ファクターを用いたアプローチなどがある。

(3)オプション・プライシング・モデル

財務データは1年毎、あるいは4半期毎にしか利用できない制約があり、日常的に倒産リスクを管理するには不十分である。上記の各種のモデルも財務データに依存しているので倒産確率を日常的、連続的に推定するには限界がある。このような財務データに依存しない方法として株価を用いたオプション・アプローチがある。これは企業の資産価値のプロセスを確率過程でモデル化し、資産価値が負債価値を下回る確率をデフォルト確率として推定する。オプションモデルによる倒産確率の推定法ではマートンモデル(Merton model)がよく知られている。大手格付け会社により実用化されているモデルもあるようだ。

 

 統計的手法については、有名な計量経済学のテキストでは離散的従属変数(discrete dependent variable)モデルとかqualitative and limited dependent variables model といったチャプターで詳しく論じられている。内部評価モデルについては金融庁の審議会や研究会の報告書、ディスカッションペーパーなどで詳しく論じられている。

 倒産に限らず社会的、経済的現象について統計的手法で分析する場合には一つの限界がある。自然科学の世界では例えば、ある農薬の効果を検証するには厳格に管理された実験室ないし実験農場で農薬量の異なるサンプルについてデータを収集し統計処理してどのような効果があるかを数量的に分析できるが、倒産については、いくつか企業を選んで負債比率を変化させ、どこで倒産するかといったような実験データは当然に得られず、たまたま倒産した企業についてサンプルを集めて分析せざるを得ないといった限界がある。しかし、逆に言えば、ここに、事情通というか業界通といわれる人の情報分析力がその価値を発揮する余地が大きいと考えられる。数理モデルは大量のデータを分析したり、スクリーニングするには便利であるが、そのモデルが事実をうまく近似できているか、今現在は近似できていても社会の流行、思想の変化や法律制度の変化に伴って、モデルの説明力、近似度の低下するといったモデルリスクも内包しているので、他の別の人的な手段で入手した情報との整合性なども常に検証する必要があるだろう。近年、因果推論(causal inference)的なアプローチをする統計学が注目されているが、是非、因果推論的にも練度を高めたモデルを開発してもらいたい。何故なら他人、他社の評価をするモデルなので被評価者の命運を左右しかねないので。

 

倒産確率 目次