資本コスト(cost of capital)、負債コスト、加重平均資本コスト(WACC)とCAPMとの関連性

株式価値や企業価値を求める場合には一定の割引率を使って現在価値計算をする。この時に株主資本コスト(cost of equity)や負債コスト(cost of debt)、あるいは、これらの加重平均資本コスト(WACC)が必要に応じて使われる。論者によっては資本コストを株主資本コストの意味で使うこともあり、また別の論者は加重平均資本コスト(WACC)を資本コストと呼んだりするので、文脈の中で資本コストの意味を判別していかなければならない。一つの物は見る立場によって異なって見えるのが常である。例えば、企業の立場から見れば従業員の給与は労働サービスの対価として支払うコストになるが、従業員の立場からすれば提供した労働サービスへの補償であり必要収益である。投資家(株主、債権者)も同様で資金提供をする場合には関連するリスクに応じて一定の補償つまり収益を要求する。投資家の立場からはリスクに応じて一定の収益率を要求することになる。投資家にとっては投資対象のリスクや投資条件を勘案して市場から提供される最良の期待収益率となるので、資本コストは投資選択のベンチマークともなる。経営財務のテキストなどでは機会資本コスト(the opportunity cost of capital)と呼ぶこともあるが、用語が冗長となってしまうので資本コストと呼ばれている。企業の立場からすれば、投資家の要求する収益率に応じられない場合は資金調達を断念せざるを得ず投資家(株主、債権者)の要求する収益率は資金調達のためのコストとなる。このように資本コストと投資家の要求収益率は実質的に同じものといえる。企業(経営者)の立場からすると株式市場や債券市場、投資家のリスク回避度、税率などは当然のことながら自由に制御できないので、これら諸要素は所与の要素として受け入れて資本コストを計算し投資政策を決定することになる。

株主資本コスト(cost of equity)の計算

株主が要求する収益率は直接的に観測できないので何らかの方法で推定することになる。ここでは2つの代表的な推定法をとりあげてみる。

最も簡単な方法は株式評価のゴードンモデルを応用することである。ゴードンモデルでは

P(株価)=予想配当/(k-g)
E=株主資本コスト、
g=成長率

この式をkEついて整理すれば

E=予想配当/株価+g(成長率) 

ここで上場企業であれば株価や予想配当のデータは容易に得られるだろうが、g(成長率)は過去の実績推移とかアナリスト予想などで推定する。

もう一つの推定方法としてはCAPMの証券市場線を使って資本コストを推定する。CAPMのSML(証券市場線)では、

個別株式iの期待収益率k(株主の必要収益率)は
   kE = Rf+βi(Rm-Rf)と表される。

ここで、市場ポートフォリオの期待収益率 Rm
    リスクフリーレート  Rf
    株式iの市場リスク感応度(市場ベータ)  βi

SMLを使うことでリスクを明示的に資本コストに反映出来る利点がある。逆に欠点としては市場リスクプレミアム(Rm-Rf) やβの適切な推定値を得るのが難しいといった問題がある。

何れの方法で株主資本コストkEを推定するにしても、kEは単純に配当だけに依存して決まるわけではなくキャッシュフローの不確実性つまりリスクなどにも配慮する必要がある点に注目すべきである。

エクイティ・スプレッド(equity spread)について

ROE(自己資本利益率または株主資本利益率ともいう)は税引後純利益÷自己資本(株主資本)で計算するが、このROEと株主資本コストとの差をエクイティ・スプレッドと呼んでいる。式で示せば

エクイティ・スプレッド=ROE-株主資本コスト

エクイティ・スプレッドが大きいことは株主が要求する以上のROEを達成しているので、より株主資本価値を成長(増加)させていることを示しており投資家にとって好ましいことである。これはゴードンモデルの計算例からも明かである。株式評価モデルの一つとして残余利益モデル(オールソンモデル)があるが、このモデルでの残余利益は金額ベースでのエクイティ・スプレッドを表している。つまり、残余利益=当期利益-期首自己資本×株主資本コスト なので、この式の両辺を期首自己資本で除すとパーセント(%)で表すイールド・スプレッド となる。


負債コストkD(cost of debt)の計算

負債コストkDのデータは比較的容易に得られる。もし企業が社債を発行していていれば市場利回りが負債コストとして利用できる。格付データが得られれば類似格付けの利回りから推定することも出来る。 (註1)

加重平均資本コスト(WACC)の計算

株主資本と負債を利用して事業活動を行いフリーキャッシュフローを生み出した場合に、そのキャッシュフローをWACCで割引計算して企業の全体価値(株主資本価値と負債価値の合計額)を計算できる。WACCについては 株主資本の市場価値をE、負債の市場価値をDとし、 E+D=V から 時価総資本に占める割合を求め加重平均資本コスト(WACC)を計算できる。負債の利子は税法上の費用として課税所得から控除されるので節税効果を持つので税引後の負債コストを使って加重平均する。

E 株主資本市場価値、 D 負債市場価値、V=E+D、 
E 株主資本、 kDの  負債コスト、 t 税率 とすると
加重平均資本コストWACC(weighted average cost of capital) は

WACC = E/V × kE + D/V × (1-t) × kD

仮に投資プロジェクトを有利に見せようと考えて恣意的にE+Dの構成比を操作したとしてもうまくいかないだろう。通常は負債コストが株主資本コストより低いので負債の割合を多く見積もれば低いWACCが計算できる。しかし、そのために負債比率が高まることで投資家(株主、債権者)はリスクが高まったと判断し、それに応じて要求する収益率も高まるので結果的に高いWACCとなるかもしれない。

純負債(net debt)の問題

アナリストによっては財務分析やWACCの計算で負債の代わりに純負債を使うことがある。

純負債(net debt)=負債(debt)-現預金及び市場性有価証券

現預金及び市場性有価証券は実質的に負債を低減していると考えてそれを控除したものが実質的な負債と解釈されている。極端な場合には現預金等が大きいとマイナスの純負債(negative net debt)も生じうる。WACCの計算でこの現象が生じると E+D=V でVが小さくなり相対的に株主資本コストの比重が大きくなって高いWACCとなることがある。損害保険業等の特殊な業種では不意の支払いに備えて現金預金や有価証券を多く保有するので業種の特殊性等も考慮して分析しなければならないだろう。

ROAとWACCとのスプレッド

ROA(事業利益/総資産)と加重平均資本コスト(WACC)との差(スプレッド)を計算して、スプレッドの大きさで、どの程度に企業価値全体を高める経営が達成されたかを簡便に評価できる。WACCは一つのベンチマークとしても利用できる。国際会計基準や米国会計基準ではリース取引についてはリース資産とリース負債が両建て計上される。このためリースを利用すると総資産や負債が膨らむことを心配する向きもある。例えば総資産が増えればROAの計算で分母が増えるので財務比率が悪化したように見える。しかし総資産に占める負債の割合も大きくなるので加重平均資本コストは小さくなる可能性がある。投資家はROAという単一の指標のみで財務分析するわけでない。例えばリース利用によりROAがWACCを上回ってくれば高評価することだろう。財務分析では多数の指標を使って多角的、多次元で検討される点に留意すべきだろう。

 

註1

負債コストは借入金や社債などの負債の支払利息を意味する。損益計算書では営業利益から支払利息などの費用が差し引かれて純利益が計算される。通常は課税所得の計算上も損金(税務上の費用)として認められるので負債コストは節税効果をもたらす。節税効果とは、税金が(支払利息×税率)だけ安くなり税金支払というキャッシュ支払がその分だけ減少することを意味する。配当金は株主資本コストに大きな影響を与える要素であるが、これは企業の税引き後純利益から支出され、税法上も損金とはならないので節税効果はゼロである。そのため税引後株主資本コストというものはなく株主資本コストに(1-税率)を乗じるような計算はしない。
  支払利息が節税効果をもたらすかどうかはその国の税制次第である。たとえば、OECD諸国などに見られる過小資本税制(thin capitalization)が採用されている国では親会社が外国企業である場合には支払利息の損金算入に一定の条件が課されることがある。

 

参考文献
1. Ross,Westernfiel,Jaffe(2002)  Corporate Finance McGraw-Hill Irwin

 

MM第2命題(法人税あり)とWACCの関係を簡単な数値例で探究

 

 

 

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