公開会社はもちろんだが非公開会社でも財務報告基準が頻繁に改正され、それにあわせて税法も頻繁に改正される時代に入ったので経理部は大変忙しくなっている。国際会計基準が変われば数年後には国内の財務会計基準が改正され、その後しばらくすると中小企業の会計に関する指針 も変更され、税法上の扱いも変わってくる可能性があるので中小企業といえども国際的な財務報告基準の動向に注意を払って経営をする姿勢が大変に重要となっている。最近では気候変動や脱炭素、環境問題などの取り組みや姿勢が売上高に影響したり、有利な融資を受けられるかどうかの判断材料とされる傾向にある。
財務分析をする場合には単純に会計数値の比率や推移を見るだけでなくGDPのようなマクロ経済指標との関係性を分析することも重要となる。ここで注意すべき点は上場会社の場合、連結決算で財務報告をするので連結ベースでは大幅な増益でも日本国内の経済が低調で国内親会社単体の個別決算の成績はかんばしくないといったことも起こり得る。世界の投資家は連結利益を注目しており、株価も連結決算の影響を大きく受けるだろう。国内経済は低調だが株高だといったことも有りうる。例えば米国子会社の付加価値は米国のGDP統計には寄与するだろうが、日本のGDP統計には無関係である。経済指標を選択する時には単体決算の数値と比較するのが適当かあるいは連結決算の数値と比較するのが妥当か検討する必要が出て来るだろう。
財務分析では経済指標との関連性の分析も重要であるが、財務分析に統計分析の視点を取り入れることもこれから重要となるだろう。AIの時代に入りデータが入手できればかなり複雑な計算が自動処理できるようになりつつある。この場合には数学的に複雑で面倒な計算は機械にお委せして人間はデータ分析のアイディア、もっと大げさに言えば統計哲学に専念し柔軟な発想で分析力を高める必要があるだろう。
ある単純な物語で考えてみる。
国道沿いで夫婦が小さな食堂を経営し、毎年なんとか細々と生計を立てていたとする。ある年の12月に大雪があり、交通が渋滞気味になってしまった。たまたま観光バスの団体客も渋滞に巻き込まれたこともあり、食堂は大繁盛で3ヵ月相当の売上げがあった。もし食堂の決算期末が12月末であれば会計原則や税法では当然に、この臨時売上げも含めて決算書を作成し納税しなければならない。しかし財務分析の視点で経常的な収益力を把握しようとする場合にはこの臨時売上げは異常値として除外するという考え方もありうる。夫婦が食堂拡張の設備投資の融資を銀行に申し込んだ場合に審査がすんなりと通るかどうかは疑問である。しかし気象専門家の間で今後は12月には大雪が常態化することが通説となっていれば話しは違ってくるだろう。統計的に12月の売上げは増加するという季節変動パターンが定着してくれば正常な収益力と評価されるだろう。会計数値としての売上高は会計ルールに従って計上された正確な実績値である。ところが真の正常な売上高をどのように計測するかという話になると色々な考え方でてくる。統計学(特に時系列分析の分野)では状態空間モデル考え方がある。人間が実際に観測して得た実績値は見えざる真の数値に観測誤差が加算されており、幾つかの状態方程式とその誤差から構成されていると考えて、そのモデル構造を推定しようと試みるものである。実績値の背後に隠れている誤差を含まない真の数値を探ろうとするものである。現実に経済活動して得た事象を貨幣評価して記録する財務データは大なり小なり偶発的事象の影響を受けざるを得ない。マネジメントの能力で管理可能な事象もあれば全く管理不可能な事象も起こるが、それを事実として正確に貨幣評価して会計記録される。この様にして得た実績値には様々な偶然的な誤差が含まれているので、それを除去した純粋の数値を探ろうとする 試みは財務分析でも重要である。
簡単な例を挙げたい。会計ルールでは外貨建の金銭債権債務や投資目的有価証券は決算時レートで換算される。決算時レートといっても3月決算の会社であれば3月末の営業日のレートだということは分かるが具体的に何時何分何秒の時点のレートかは特に決められていない。一般的にはメインバンクが午前10時頃に公表する対顧客レートが使われることが多いかも知れない。しかし、資金管理センターをニューヨークに置き、そこでグループ全体の資金を一括管理しているような場合はニューヨーク時間の為替レートを適用するかも知れない。米国の要人発言一つで2円くらいドル安になったりする事も珍しくはなく決算時レートといっても不安定なものである。3月末日に一時的にドル安となったとしても翌日には元に戻っているかもしれない。財務分析ではROEを計算することが多いが分母の純資産が一時的な為替変動の影響で上下した場合には正常な経常的なROEをどの様に計測するかは重要な課題となるだろう。統計学の状態空間モデルの視点を取り入れればカルマンフィルターを通して得た円滑化した為替レートを参考に純資産の調整計算するアナリストもいるかも知れない。投資有価証券の評価も同様で3月31日の取引所の終値が1000円だったとする。取得価格が1200円であれば200円の評価差額を計上し純資産がそれだけ減少する。しかし3月31日の大引け直前に何処かのヘッジファンドがたまたま資金調達のため大口の売注文を出したので瞬間的に1000円となったが、翌日には多くの押し目買いが入り1300円になったということもあるだろう。アナリストが財務分析をするときには実績値を見るだけでなく統計的な異常値がどうか、見えざる正常値やトレンドは何かを色々と工夫して探ろうと努力する。現実的に何処までの事象が偶発的なノイズと見るかは難しい問題だろうがノイズを除去した数値を求めることで安定的な理論構造を探るために必要となる。
もちろん、税金や配当金は多数の利害関係者の利益に関わってくるので現実に観測できる実績値を使わざるを得ない。公平性や法律関係の安定性などの担保のために厳格な画一的なルールで計算する必要はあるだろう。それでも財務分析においては見えざる正常利益やその他財務指標を追求する場合にはパターン化できないような自由な発想や柔軟な思考が必要とされてくるだろう。分析がパターン化されればAIの処理能力には人間はかなわない。人間には常に新しく自由で柔軟な発想による分析が求められるだろう。