ブラック・ショールズ・モデルのデルタ導出とN(d1)、N(d2)の考え方

deriving Black-Scholes option’s Delta

ブラック・ショールズ・モデルのデルタを導出するため、基礎的な数学の復習もかねて学習ノート風の備忘録にまとめてみた。何か稚拙で冗長と感じる人は腕の立つ人だろうから寛大な心で軽く読み流していただければと思う。

基礎的な数学を少し思い出す

1. 指数関数と対数関数

ex ey=ex+y
eは自然対数の底で無理数2.71828....を示す。指数関数ex+yをex と eyの積の形に分解するときに使う。

logex=ln(x) これを自然対数と呼ぶ。自然対数ln(x)はexの逆関数だから y=ln(x)  x=ey は同じことを意味しており、 x=eln(x) も成り立つ。念のためにx=5で検算すると
ln(5)=1.6094378
e1.6094378=5
数式処理で x=eln(x) はよく利用される。

2.対数関数の導関数

対数関数微分

Kを任意の定数として
ln(x/K)の導関数は

対数関数微分

3. 関数の積の微分

関数f(x),g(x)の積の微分は

関数の積の微分

4. 合成関数の微分
z=f(y), y=g(x) とすれば
z=f(g(x))

合成関数の微分


5. 標準正規分布関数と標準正規密度関数

正規分布関数

標準正規分布N(z)は標準正規密度関数を-∞からzまで積分して求めている。標準正規密度関数をn(z)で表せばN(z)をzで微分するとn(z)となる。大雑把にいえば積分されて得た関数を微分すれば元の関数になることを意味している。

以上で一通りの準備が整った。

ブラック・ショールズ・モデルでコールオプション価格式を株価で偏微分するときには(関数の積の微分)と(合成関数の微分)を根気よく繰り返すことになる。その結果としてデルタが求められる。根気と注意力だけが必要となる。



ブラックショールズモデル

ブラックショールズモデルそのものについては下記の参考文献を参照されたい。ここではデルタの導出だけに注力する。

コールオプション価格 c

コールオプション

プットオプション価格 p

プットオプション

標記は以下のとおり。

c コールオプション価格
p プットオプション価格

K 権利行使価格 
S0 株価(時価)  
σ ボラティリティ  
r 安全資産利子率
T 満期までの残存時間 

d1

d2

d1d2

コールオプションの価格式の解釈

コールオプション価格

ブラックショールズモデルによればコール価格は株式時価S0にデルタと呼ばれるN(d1) を乗じて得たものから権利行使価格の現在価値に権利行使確率(満期日にイン・ザ・マネーITMになる確率)を乗じたものを差し引くことで求められる。

 コールオプションのデルタ


デルタはコール価格cを株価S0で偏微分したもので定義される。

デルタ

数式で表せば上記のとおりになるが結局のところはどのような数式に帰着するのかが本題となる。煩雑な数式処理をするので3つのステップに分けてみる。


第1ステップ

deriving delta of BSmodel 

最初にデルタ定義式の右辺の第1項赤線で囲った部分の微分を調べてみる。
これは関数の積の微分と合成関数の微分が使われる。

デルタ前半

上式の右辺の第2項のうち分布関数N(・)を微分したものは

密度関数

で密度関数n(・)に置き換えられる。


次にd1
をS0で微分するとどのようになるか調べてみる。

d1d2微分

一見すると複雑に見えるが変数S0が出てくるのは

対数

だけであり、他は定数と見なして微分で来るので

d1

に注意して

d1d2微分

を得る。ついでd2の導関数も

d1d2

の関係式を使えば

d1d2微分

を得る。d1,d2の導関数は等しいことが分かる。
以上を整理すると赤線で囲った部分は

第1項微分


と表せる。

第2ステップ

コール価格式の青点線で囲った部分について調べてみる。

コール価格式の後半の微分

ここで

d1d2微分

であることは分かっているので
密度関数

について

d1d2

を代入して式を整理してみる。かなり煩雑な式になってしまうが根気よく整理してみる。

nd2

ここでeの指数部分のd1について定義式

d1

を代入する。ここでは前述のex ey=ex+y や  x=eln(x) の関係式も使われる。

nd2

つまり

n(d2)

と簡潔に表現できる。

 

第3ステップ

第1ステップから第2ステップまでの結果を整理すると

delta

結局、N(d1)以外の項は相殺消去されてしまいN(d1)だけが残る。
つまり、
デルタ=N(d1)を得る。

プット価格のデルタも同様の煩雑な計算で求めることも出来るが、プット・コール・パリティの下記の関係式を利用すれば容易に計算できる。

プットのデルタ

プット


つまり

プットのデルタ=コールのデルタ-1


となる。

 

ブラック・ショールズ・モデルの特徴を探る

ブラックショールズモデルの話になると確率偏微分方程式、伊藤の公式、マルチンゲール測度など難解な用語が飛び交っていて近づきがたい。しかし導出された価格式については、極端なパラメータを与えることで、とくに難解な数学を使わなくてもその特徴を探ることが出来る。 

コールオプションの価格は下式のようであった。

コールオプション価格

d1

d2

K=0 のコール価格を求める

ここで権利行使価格がゼロだとするとコール価格はいくらか。ゼロ除算の問題を避けるためKをプラスサイドから限りなくゼロの近づけ、K->+0るとする。するとd1->∞となり、N(∞)=1。また K*e(-rT)はゼロになるのでS0*N(d1)=S0となる。結局、もしこのようなオプションがあれば原株式と同じ価格になりc=S0 となる。

ボラティリティσ=∞ のコール価格を求める

もしボラティリティσが∞であったとすれば下記のように、d1は+∞となりN(∞)=1に近づく。d2は-∞に近づくのでN(-∞)=0に近づく。

delta

delta

従ってコール価格はS0*1-0=S0となり原株式の価格に等しくなる。

ボラティリティσ=0 のコール価格を求める

ボラティリティσを限りなくゼロの近づけるとd1,d2->∞となりN(d1),N(d2)は1になる。するとコール価格はS0- K*e(-rT) となる。σ=0であれば株価S0はrで無リスクで確実に定率成長し、満期日Tの株価はS0*e(rT)となる。満期日にS0*e(rT)>Kであれば権利行使され、その利得はS0*e(rT)-K となる。この利得の現在価値は
{S0*e(rT)-K}*e(-rT)= 
S0- K*e(-rT) という価格付けとなる。

 

N(d1)の考え方

ブラックショールズ式のN(d1)はデルタと呼ばれ、原資産価格の1単位の変化に対するオプション価格の感応度を示している。デルタが0.6であれば原資産である株価が1円値上がりすると株式オプション価格は0.6円値上がりすることを意味している。デルタはオプション価格式を株価で偏微分して得ているので、オプション価格曲線の傾き(sloap)でもあり、コールオプションであれば株価が上昇していけばデルタは1に近づいていく。この価格感応度を利用してポートフォリオのヘッジ比率に使うことも出来る。手持ちの現物株1円の変動を相殺するには1/0.6=1.67単位のコールオプションの売りを組み合わせれば理屈の上ではポートフォリは株価変動と無関係になる。実際にはデルタは株価や時間などとともに変化するので常にリバランスする必要があり、取引コストも考えると難しい問題となるだろう。

 

N(d2)の考え方

ブラックショールズ式のN(d2)はオプションがリスク中立の世界で権利行使される確率と解釈されている。リスク中立の世界は全ての投資家はリスクに無関心でリスクと高い証券には高い収益率をも求めることはしない。このような世界では裁定取引の結果、全ての証券の収益率は安全資産の利子率と同一になる。ブラックショールズモデルはリスク中立評価から導出されており、N(d2)はリスク中立の世界で権利行使される確率と解釈されている。しかし、リスク中立評価は投資家がリスクに無関心であると主張しているわけではなく、株式オプションのような派生証券の評価は投資家はリスクに無関心という仮定により評価式が技巧的に導出できることを示している。リスク中立評価から得られたモデルは実際のリスク回避的な世界でも妥当で有効となる。実際のリスク回避的な世界ではリスクオンの意見もリスクオフの意見もぶつかり合い市場で揉まれて均衡するように価格形成される。つまりリスクが株価に織り込まれる。モデル式は基本的に原資産価格に依存して価格付けするのでリスク回避的な世界においても妥当となる。そこでブラックショールズ式のN(d2)から見て市場の相場観がどのようになっているかを探ることも出来るかもしれない。ネット証券などではオプション取引の板情報として指数オプションのデルタやボラティリティ、残存日数が表示されているのでN(d2)を計算できる。例えば、デルタ0.3148,残存日数23、ボラティリティσ 0.1701 とすればN(d1)=0.3148であるからエクセルの関数NORM.S.INV(0.3148) を使えばd1=0.48229を得る。d2=d1-σ√T からd2=-0.48229-0.1701*23/365=-0.52499
(年間日数は取引所の営業日数を使うことも考えられる)

ここでエクセルの関数=NORMSDIST(-0.52499) =0.2998 が計算できる。ブラックショルズモデルからは満期にITMになる確率は約30%を見ていると推測できる。株価指数オプションの権利行使価格毎にN(d2)を計算しその推移を分析することで相場観の何かヒントが得られるかもしれない。

 

 

参考文献
John C Hull(2003) Options, Futures, and Other Derivatives, Prentice Hall
蓑谷千凰彦(2000)よくわかるブラック・ショールズ・モデル  東洋経済新報



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