効率的市場仮説(EMH)

市場の効率性

 株式価格は企業の将来の利益により影響を受けるが、企業の将来の利益は確率的な予想である。この予想は利用可能なさまざまな情報に基づいて形成されるので、株価は投資家により利用される情報で決定される。予想形成において情報が有効に利用されることを効率性という。情報の効率性が満たされている市場を効率的市場という。このような仮説を効率的市場仮説(efficient market hypothesis  略してEMH)と呼ばれている。 ファーマ(Fama)は効率性の概念をウイークフォーム、セミストロングフォーム、ストロングフォームの3つのレベルに分類している。

なお、Famaは確率論のマルチンゲール(martingales)をベースに理論展開している。金融工学的にはEMHはマルチンゲールとかフラクタル(fractal)の理論で論じられているが、そこは難しいので興味のある人は金融数理の専門書を参照されたい。

a.ウイークフォームの効率性

過去の株価の動きは相互に独立でランダムなもので過去の株価を分析しても何の情報ももたらさないとする仮説である。将来時点の株価の変化は将来、新しく発生する情報によってのみ影響され過去の株価の動きとはまったく無関係であると主張する。この仮説によれば過去の株価を分析するテクニカル分析は無意味とされる。

b.セミストロングフォームの効率性

 株価は企業情報のうち公表された一般に利用可能な情報はすべて、しかも同時に織り込んで形成されるとする。効率的市場では財務情報は即座に株価に反映するから公表された情報を分析しても平均以上の利益はあげられないとする。この仮説によればファンダメンタル分析も否定される。情報提供機関や専門のアナリストが競争して情報収集や分析を行えば、このセミストロング状態に近づいていくと考えられる。

c.ストロングフォームの効率性

効率的市場では株価は公表されている情報のみならずインサイダー情報のような秘密にされている情報も含めて形成されているとする。各種の実証研究ではこの仮説の妥当性について意見が分かれている。

効率的市場仮説に関するアカデミックな実証研究が多数行われているが何か確定的な結論を導き出すことは難しいように素人目には思える。しかしアカデミックな世界ではEMHを支持したり、あるいは少なくとも棄却はされないとする見解が主流のように思える。例えばFamaによればアノマリーや収益やM&Aに関するニュース発表で一時的な超過収益を得る機会はあるかもしれないが、これらは効率的市場仮説とは矛盾しないと主張する。マーケットがニュースに対して過大な反応も過小の反応もすることは常であり、これこそ効率的市場における価格変動のランダム性と整合していると主張している。何か実証研究で希望の持てる面白そうな物がないか探してみると、移動平均を使った投資戦略の研究があるようだ。移動平均はモメンタムも表しているので、例えば短期の移動平均線が長期の移動平均線を下からクロスした場合は買いシグナル、短期移動平均線が長期移動平均線を上からクロスした場合は売りシグナルと判断する投資戦略でシミュレーションを実施した結果、取引コストには注意が必要だが、このテクニカル・ルールは予測力が認められたとする研究もあるようだ。(注)

Brock, W., J. Lakonishok and B. LeBaron, 1992, ‘Simple technical trading rules and the stochastic properties of stock returns’, The Journal of Finance, 47 (5)

(もちろん全く逆の結論に至る別の実証研究もあるようだ。)

市場の効率性は市場が常に正しいことを意味している訳ではなく、利用可能な情報が十分に価格に反映されていること意味しているにとどまる。その利用可能な情報が十分であったり、予測に有用であったり、正しい情報であることまでは求めていないし、保証するようなこともない。もちろん市場が常に間違っているとか過大ないし過小評価していると言っているわけでもなく、単に不確実性が解消したときに情報が織り込まれて適正な水準に収束していくに過ぎないことを意味している。

証券市場で巨万の富を築いた人が存在することは市場の効率性の反証になるという考え方もあるが確率論から考えるとこれは異常なことでもなく反証の材料にはならないようだ。単純に株が上がるか下がるか50%の確率で考えて毎年投資を繰り返すと10年間連勝する確率は0.510 ≒0.00098 となり、仮に10万人の投資家が同じ投資行動をしたとすれば98人は10連勝する計算になる。ごく僅かな人数だが成功者がいても不思議ではない。もちろん10万人のうち99,902人は成功者になれないことに注意すべきだが。

市場の効率性の議論は難しい問題だが、市場の効率性は利用可能な情報の十分性や正確性等の質までは保証していないので、その辺に実務専門家の活躍のチャンスがあるように思える。 

以下は素人の雑感となる。

テクニカル分析は過去の株価や出来高を様々に加工してグラフや指標数値を求めて株価の今後の動向を探るが、あるテクニカルアナリストが独自の分析手法で短期的な株価動向の予測に成功したならば、その手法を公開することは考えられない。自らの秘伝として誰にも教えることはないだろう。むしろ、自らの経験でたいした投資成果は得られなかったが世間的に注目されそうな手法があれば、それは専門誌などで公開するかもしれない。第三者がその公開された手法を実証研究してパフォーマンスが低いとして効率的市場仮説の証拠として取り上げたところであまり意味はないだろう。パフォーマンスの高いアルゴ取引のプログラムも機密事項で表に出ることはなく,これも外部者が検証することは難しいだろう。ただ先進諸国では市場関係の法制度、開示制度、監視機能が整備されているので制度面では市場の効率性が基本的には維持される環境は整っていると考えられる。しかし、市場参加者は多種多様で、情報通信設備環境や情報解析力、その他金融リテラシーなどの点で大きな差があると思われる。ここに非効率な部分もかなり残っていると考えられる。そういう筆者自身も最近まで証券取引所の近隣のマンションの住人はネット取引でスピード面ですこし有利ではないかと思い違いをしていた。実際の通信経路はもっと複雑で、しかも取引所の本体サーバーは全く別の場所で厳重に管理されていることを知ったのは原発事故の後のことであった。些細な話だが、業界関係者やプロ投資家であれば全く常識であることでも一般人にとっては全く知らないということが多いという一例だろう。些細な知識でも多数が積み上がてくると大きな差となってしまう。筆者は学者でも何でない単なる一般人なのでアカデミックな議論は出来ないが、様々な情報が分析され判断される過程には時間を要すると思うが、効率的市場ではそれらが一瞬のうちに判断され瞬時に株価に反映されると仮定されている。FRBの関係者が適当なタイミングをとらえて、ある時にはタカ派意見を述べ、ある時にはハト派的意見を述べて市場との対話に努力している姿を見ると市場での合意には時間を要し情報は瞬時には株価に織り込まれにくいのだろうと思う。製薬会社で画期的な新薬が開発されたというニュースが流れると株価は急騰するが後に医療専門家から辛口の論評が流れると急落したりして乱高下することは珍しいことではない。市場では様々なニュースがランダムに入ってくると常にそれに反応して何らかの価格が瞬時に形成される。単純な時系列データとして見ればランダムな変動に過ぎないかもしれない。しかし、この一連の価格は多くの投資家が妥当と判断した価格とは限らない。価格自体が常に過大評価や過小評価の可能性を内包している。多くの投資家によって価格水準が妥当かどうかの合意が形成されるには情報処理の時間を要するだろう。この情報処理過程において、様々な分野のアナリスト、コンサルタント、専門家たちは価格水準の妥当性を探る活動を通じて情報の効率性を高めるという重要な役割を果たしていると考えられる。

 

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