日常生活や何かの学びの過程で色々と疑問が出てきて質問したいことがよくある。職場や学校の中に先生や専門家もいるだろうが忙しい最中に何かと質問すれば迷惑になる。人間であれば、いかに寛容な人でも、しつこく質問されれば怒りだすだろう。その点でAIはこちらの都合で身勝手に質問しても何時でもずっと付き合ってくれる。AIによっては次に取り組むべき課題を暗示することもある。
筆者の経験でもAIほど幅広く丁寧でしかも瞬時に教えてくれる先生、大学教授、職業専門家に出会った記憶がない。人間同士だと相手に失礼になったり気を悪くするかもしれない話はしにくいし、自分がいかに間抜けかを知られたくないという思いもあり、思ったような会話が成立しないことも多い。その点でAIに対しては遠慮がないので会話も超速でスムーズに進む。もちろん事後検証は必要だが話はどんどんと進められる。
このような便利な時代に生まれてきた子供たちは恵まれておりうらやましく思う。昔、小型の安価な電卓が登場したときに、子供が使うと頭の訓練に支障があるので紙と鉛筆で加減乗除の訓練をしなければならないといった議論があった。算数の基本的な原理を体得するにはそのような訓練も必要だろう。しかし基本原理を理解できたならば便利ツールはどんどん活用していくほうが実用的である。
AIの時代も多分同様に基本原理は紙と鉛筆で体得し、あるいは、簡単なプログラムを作成して試行錯誤しつつ完成させる過程は必要だろう。面倒くさい世間であっても、この社会で生計を維持していくにはコミュニケーション能力、交渉力も欠かせない。海外で先行している分野があれば外国人とのコミュニケーション能力も必要となる。そう考えると自分が子供のころ学んだ国語、数学、英語などはいつの時代でも必須の学ぶべき分野となる。その学びの過程でAIを自分に合った間合いで活用することが大切になるだろう。
子供が得意な分野、興味のある分野に特化して集中的に才能を開発するという戦略もあるかもしれない。結果として成功すれば問題はないが、子供の時から一点集中することにはリスクも伴うだろう。
2025年12月の新聞に科学雑誌サイエンスにドイツのカイザースラウテルン・ランダウ大学などの研究者による早熟の天才教育は必ずしも成人後に良い成果を生んでいないという報告が紹介されていた。その論文によれば
早熟な天才と成人の成功者は別人であり、
分析の結果、ジュニア世代で世界トップクラスだった子供たちの約90%は、成人後に世界の頂点に立つことはなかったと報告されている。つまり、若年期の成績は、成人後の圧倒的な成功を保証する指標にはならないようである。早くから1点集中しすぎると飽きてしまったり、燃え尽きてしまったりするリスクがあるので若い時期は多様な分野を経験し
多様な興味を持続させ長期学習の習性を身に着ける方が成人後にトップクラスのパフォーマンスを生む可能性が高いそうである。若い頃の回り道、多様な経験は無駄にならず、むしろ肥やしになる可能性を持っているのだろう。
ホロビッツ(Vladimir
Horowitz)のDVDで見た記憶では彼が若いころスクリャービンに初めて会った時の話で大変風変わりな人だったが、音楽だけでなく芸術や文学など幅広く学ぶように言われたと語っていたような、うろ覚えの記憶がある。おそらく、人知れずに多くの分野の勉強をしたのだろう。
もし自分がジュニア世代であれば国語、英語、数学に重点を置いて、そのほかに何か興味のある分野について勉強したいと思う。もちろん、学びの過程でAIもフルに利用するだろう。読み書きそろばんは寺子屋の時代から必須の科目であった。未来のことは誰にもわからないので過去の歴史から推測するしかないのだろう。