村上麓人(ろくじん)句集
村上麓人(国画会創設以来の会員であった画家の村上巌の俳号)は俳句雑誌 鶴の表紙を描くとともに、尊敬する石田波郷の選句を受けるために投句していた。波郷氏から投句せずに飛鳥集に出しなさいと言われていたが、どうしても先生の選句を受けることにこだわったようだ。ノートや句帳が段ボール箱数十個分はあったが、家族が引越を繰り返すうちに雑誌等の諸資料は散逸してしまった。残されたわずかの資料から幾つかの句を挙げると
馬追や障子の黄ばむことさらに 昭和28.12
パレットに明日もくろめる花吹雪 昭和29.7
花散ってなほ描きまどふ髯まみれ 昭和29.7
いずれも石田波郷選
(注)髯 ひげ
村上厳の妻 千鶴代も俳句を詠んでいた。
風薫る夫の予約の日葡辞書 平成5.8
星野麥丘人選
この句については平成5年11月号の鶴で星野麥丘人氏の弔詞のなかで語られている。
俳号の麓人は村上巌が尊敬していた歌人の岡麓にあやかるようにとの思いがあったようだ。ちなみに自分の長男にも同様の希望をこめて麓と名付けたが文学や書道をはじめ何の才能にも恵まれることはなかった。